Haraka haraka haina baraka 急ぐと神の祈りが存在しない

わが輩は、還暦である。就職面接は、滞りなく終了した。

 

朝からの小雨で家のお片づけ、特に庭周りの仕事が進まない中、面接の時間が刻一刻と迫ってきていた。書類審査をすっ飛ばし、一次面接もすっ飛ばし、いきなりの役員面接または社長面接へ向かうにはパリッとしたスーツしか選択肢はなかった。自宅から車で20分弱とはいえ、何があるかわからない。雨も降っていることだし、ここは少しでも早く出て、会社の近くで待機する作戦で行こう! と思った矢先、鞄がストーブの上の薬缶に当たり、中に入っているお茶とお茶っ葉もろとも炬燵布団の上へとぶちまけてしまった。

 

「ごめん、時間がないからちょっとこれ片づけといて」と申し訳なさ150%の顔と声でカミさんに伝えた。すぐさまカミさんから返答がある。「あ~ぁ、やかんが落ちちゃったんだ。何かの前兆なのかな?」と冗談半分で言ったようだったが、わが輩には、その言葉をユーモアで返すだけの余裕が確かにあったようだ。

 

「そうだよ。薬缶とお茶が今日の『落ちる』ことのすべてを受け止めてくれたんだろうね。よかった。ツイテるよ」と言いながらも一瞬不安がよぎったことは、カミさんには黙っておいた。「それじゃ、ちょっと早いけど行ってくるね」「頑張ってね」と普通の会話に戻り、車へと乗り込んだ。

 

だいたいの場所は、ホームページで確認済みだったことと、雨模様なのに道路が空いていたことで思ったよりも10分ばかり早く現地に到着した。会社とは少し離れた場所に車を停め、身だしなみをチェックする。履歴書、職務経歴書、手帳などの持ち物も確認したうえで、再度顔のチェック。ルームミラーで笑顔のチェックが済んだところで、いざ! 1Fの総務室へ直行だ。

 

ドアをノックすると、しばらく後に総務部の女性と思しき人が応対してくれ、応接室へと促してくれた。「お待ちしておりました。こちらでしばらくお待ちください。すぐに担当が参りますので」と笑顔で去っていく。13時からの面接だと言っていたので、あと5分は余裕がある。時間に遅れないこと。これは、いかなる仕事でも必須の心構えであることは間違いない。どんなに性格がよくても、仕事ができても、笑顔がステキでも、時間に遅れるようではすべてを失うに等しい。最初が肝心なのである。

 

と、瞑想しながら待っていたら、ドアをノックする音が聞こえ、ホームページで見た社長その人が目の前に現れた。そして、隣りには、取締役あるいはわが輩が入社できたとしたら配属される部署の担当重役を伴って入ってきた。そして、もうひとりが… 「あっ、私の紹介でと言ったその人、岡山(仮名)です」の岡山さんだった。

 

社長まで出てきてしまっては、これはどう考えても最終面接のテイである。おちゃらけたことや、迂闊なことは間違っても口にしてはいけない。さぁて、どう出てくるか…。

 

「志望動機のところに書いてあるこの仕事なんですが、業界特有の事情を理解したうえで、臨機応変にこなしていかないとならない職種なので、早くて2年、場合によっては3年かかることもあるんですよね。そうした場合、あなたの年齢からしたら、ちょっと難しいように思うのですが、如何ですか?」ノッケから社長の厳しい質問が飛び出した。

 

この職種に応募しなさいと言ったのは、紹介いただいた岡山さんから聞いたもので、ホームページをみても、この仕事しか該当する求人がなかったので、書いたまでである。わが輩の年齢は事前に伝えておいた上で、問題ないとは聞いていたが、これから2~3年かかるとは初耳である。ましてや、最初から社長が出てきて、この質問をするとも聞いていなかったので、今から思うと、ただ金魚のように口をパクパクと動かしているだけのおじさんが汗をふきふき、そこに座って恥ずかしい姿をさらしていただけのように見えたかもしれない。

 

しばし茫然としていると、この状況を見るに見かねた岡山さんが横から助け舟を出してくれた。

 「それは、きっと私がこの職種で応募してくださいと言ったから、書かれたんですよね。実際に仕事の種類としては、まだ別のものもあるんですが、サイトに書くにはあまりにも複雑すぎて説明していなかったんですよ。ですから、これからいろいろとお尋ねして、あなたに合った仕事があるか検討していきたいと思うのですが…」

 

岡山さんのステキな提案に、図らずも安堵のため息が出た。「えぇ、その通りです。そうしていただけると有り難く思います」

 

岡山さんからのわが輩への質問と、いくつかの提案をまとめると以下のようになる。

 

・フルタイムが希望ということだが、それは、どうしても外せないのか? パートタイムでは難しいのか?

・うちは60歳が定年なので、これからは、1年ごとの更新になるが、それでもいいか?

・力仕事(といっても、重いものを長時間持ち運ぶというほどのものではない)は可能か?

・朝早い仕事でも大丈夫か?

 

そして、提案のほうは…

 

・応募した職種以外でやるとしたら、資格が必要なものもある。その際には、こちらで費用は面倒みるので資格を取得する気持ちがあるか?

・部署を跨いでの仕事だったら、フルタイムの仕事を用意できないことはない。調整にしばらく時間がかかるかもしれないので、待って欲しい。

 

わが輩からも質問がないかと訊かれたので、以下のようなことを尋ねた。

 

・フルタイムでないと年収が想定していたよりも低くなるかもしれない。その場合、別の会社の仕事をしても差し支えないか?

・もし差し支えないとしても、わが輩としてはこちらの仕事でなんとか想定年収を賄えるような仕事を算段していただくのが一番よい。

 

20分あまりの面接時間ではあったが、お互いに聞きたいことは聞けて、概ね満足した様子だった。社長は最後まで、「あなたがもっと若かったらねぇ。あなたのような経歴の人は、ウチにはもったいないような気がするんだけどね」と、若いころから面接のたびに浴びせられた言葉を繰り返し言われた。幸齢者にやさしい会社であって欲しいな。だって、社長自身がすでに幸齢者なのだから。じっくり待つしかないか。

 

Haraka haraka haina baraka(ハラカ ハラカ ハイナ バラカ)

急ぐと神の祈りが存在しない(スワヒリ語のことわざ)